「40歳 仕事 不安」をgoogleで検索してみた

人生から不安をなくす為の挑戦と戦い
自由はチャレンジの先にある?

悩み・不安は生涯のパートナー

こんにちは。不安☆太郎です。

本日、ふと出来心でGoogle

「40歳 仕事 不安」

と検索をしてみました。

すると凄い数(58200000)のヒットがあり、

参考迄に拝見した処、皆悩んでいるのだという事が解りました。

因みに内容的には

  • 給料の不安
  • 会社の不安
  • 鬱病の不安
  • ローンの不安
  • etc

まあ、実際は年齢に係わらずに20代は20代、30代は30代という風に年相応の仕事に対する不安はある訳ですが。

一応人生の折り返しと言われている40歳(最近は本当にそうなのかと疑問を感じています)も40歳なりに考え悩む年齢のようです。

そもそも、私自身も言い様のない漠然とした不安感に駆られて、このブログを始めたので、、。

もし突然!全てから解放されたら

ここで例え話です。

もし突然、ある大金持ちから

「総ての悩みや不安を解消させるから、明日からタヒチ島で何の心配もしないで遊んで暮らして良いよ」

と、ポンと放り出されたらどうでしょう?

最初の内こそは自由を満喫して楽しめそうですが、徐々に

「本当にこれで良いのか」

「同期はもっと仕事を頑張って出世をしているんじゃないか?」

「目的のない人生はなんて辛いんだ」

「この結婚で本当に良かったのかな」

などとジワジワと不安が生まれてくるのではないでしょうか。
※誰か実験した人がいたら教えて下さい

育った環境に支配されるのか?

思うにきっと資本主義社会に生まれたからには

働く=善 働かない=悪

という価値観(私の年代は)が幼少より刷り込まれているのだと思います。

これがもし逆に

働く=悪 働かない=善

だとしたら、先程の環境にも何の違和感も感じない筈です。

もっとも一定期間が過ぎれば価値観が変遷してゆく可能性はあると思いますが。

結局、自分で掴み取らなければ満足はしないのかも

つまる処、結局は自分自身で目標を設定して、それを実現させない限りは本当の満足は得られないのではないでしょうか。

A「タヒチ島で遊んで暮らしていいよ」
B「俺は将来、絶対にタヒチ島で遊んで暮らす為に今を頑張るぞ!」

飽くまで持論に基づいてですが、この場合はBの方が圧倒的に自己実現をした喜びと幸せの持続性がある筈です。

最後に

これらの事を踏まえて

例え時間が掛かろうと
例え目標達成までの道が険しかろうと
自らが 考えて行動を起こしていくのが幸福への1番の近道かもしれませんね。
(だから今日も私はブログを書く、、、)

コメント

タイトルとURLをコピーしました